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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)6029号 判決

原告 日本火災海上保険株式会社

被告 日本通運株式会社

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、原告訴訟代理人は、「被告は原告に対し一〇六四万〇三二六円およびこれに対する昭和三七年二月一日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、原告訴訟代理人は請求の原因として次のとおり述べた。

一、原告は火災海上に関する損害保険を業とする株式会社、被告は港湾において船内荷役を業とする株式会社である。

二、(一) 旭興業株式会社は、昭和三五年一二月二日セーバー船舶株式会社との間に、自己所有の合成樹脂(白色ポリエチレン粉末)三六五〇袋をヒユーストンから横浜港まで海上運送させる契約をなした。

(二) セーバー船舶株式会社は、貨物船アントニオ・タラボチア号(以下本船という。)を使用して右合成樹脂三六五〇袋を海上運送し、昭和三六年二月一二日本船は横浜港に入港した。本船には合成樹脂のほか合成樹脂とは別の船艙にカーボンブラツク八二四五袋が塔載されていた。

三、(一) 被告はセーバー船舶株式会社代理店大永航運株式会社から本船の右各運送品を艀舟に揚卸する作業(以下単に荷役という。)の委託を受け、右荷役に際し被告被用者本江久三をこれに当たらせた。右本江は横浜船舶株式会社従業員高橋ほか二〇人を補助者として同人等を指揮監督して荷役を行なつた。

(二) 本江は、昭和三六年二月一二日午後七時三〇分から翌一三日午後二時三〇分までの間ほとんど中断することなく、前記カーボンブラツクを本船第三番ハツチから艀舟に、また同月一二日午後九時三〇分から翌一三日午前四時までの間前記合成樹脂を本船第五番ハツチから艀舟に、それぞれ荷役をした。

本船第三番ハツチと第五番ハツチとは同一舷側にあり、その間隔は約一五メートルで、第五番ハツチは第三番ハツチの風下の方向に位置していた。

(三) 本江がなしたカーボンブラツクの荷役方法は、クレーンで綱モツコの両端を吊り上げ、カーボンブラツクの入つている袋を毎回約一〇袋ずつその中に入れて揚卸をするのであるが、網モツコヘ積込の際に袋を投げつけて集荷したり艀舟ヘモツコを下す際に急激に下したり、また艀舟に下してモツコから袋を取り去る際には一袋ずつ持運ぶのではなく、クレーンからモツコの一方を外して他方をクレーンで持上げて約一〇袋を一度に引きずり下したりするなどの乱暴なものであつた。

本江の右行為により、一部のカーボンブラツクの袋は破損しそのためカーボンブラツクの粒子が飛散して合成樹脂三六五〇袋の全表面に附着し、袋の縫目を通して内部まで侵入した。その結果一九八九袋分の合成樹脂は全く使用不能となつた。合成樹脂の汚損が右カーボンブラツクの荷役によるものであることは次の事実によつて明らかである。

合成樹脂は本船から艀舟に揚卸する直前に船艙内で検査したところ何らの汚損がなかつた。このことは検査時に検数員によつて作成されたカーゴボートノートに汚損があつた旨の記載がないことによつて明白である。また合成樹脂はいずれも艀舟に積付けられた後は税関吏によつて直ちにシートをかけられ封印されて陸揚まではこれを取り外さないものであるところ、汚損が判明したのは昭和三六年二月一三日夕刻ごろにこれを陸揚したときであるから、汚損されたのは荷役のときである。

四、被告は船内荷役を業とし、本江はその被用者であるから、カーホンブラツクの荷役の際はその粒子が周囲に飛散し、周囲の運送品を汚損することがあることは充分知悉していたものである。従つて本江は本件においてカーボンブラツクと合成樹脂との荷役に際し、荷役時間をずらすとか、反対側の舷側で行なうとか、カーボンブラツクを風下にするとか、その他カーボンブラツクの粒子が飛散して合成樹脂を汚損させることのないよう適切な措置をとり得たはずである。しかるに本江はこれを怠つて、同一時間に同一舷側で、風上においてカーボンブラツクの風下において合成樹脂のそれぞれ荷役をなし、カーボンブラツクについては前記第三項(三)記載の乱暴な方法で行なつたのであるから、同人に過失が存することは明らかである。

五、前記のとおり旭興業株式会社は被告被用者本江の行為によつて自己所有の合成樹脂を汚損され、一九八九袋分が使用不能となつたが、当時の横浜における合成樹脂の価格は一袋五三〇四円三〇銭であつたから一九八九袋の合計額は一〇五五万〇三二六円となる。また同会社は汚損のためこれを検量することを要し、そのため検量人に検料代九万円を支払つたから結局同会社は一〇六四万〇三二六円の損害を蒙つた。

被告は本江の使用者であるから本江が被告の事業である本件荷役について旭興業株式会社に与えた損害を賠償する義務がある。従つて旭興業株式会社は昭和三六年二月一三日被告に対し一〇六四万〇三二六円の損害賠償請求権を取得した。

六、(一) 原告は昭和三五年一一月一一日旭興業株式会社との間において同会社を被保険者として前記合成樹脂粉末三六五〇袋について、航海に関する事故・内水の航行に関する事故・陸揚後の倉庫保管中の事故によつて生ずる損害を填補することを目的とする、保険金額一九五六万五四六四円(五万三六〇四ドル)の、海上保険契約を締結した。

(二) 旭興業株式会社は前記のとおり合成樹脂について一〇六四万〇三二六円の損害を蒙つたので、原告は右海上保険契約に基いて昭和三六年四月二八日同会社に負担額の一部である一〇六四万〇三二六円の保険金を支払つた。従つて原告は同日同会社が被告に対して有していた同額の損害賠償請求権を代位取得した。

七、よつて原告は被告に対し、一〇六四万〇三二六円の損害賠償金とこれに対する本件不法行為の日以後である昭和三七年二月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三、被告訴訟代理人は請求の原因に対し次のとおり答弁をなした。

一、第一項は認める。

二、第二項(一)は知らない。同項(二)は認める。

三、第三項(一)は認める。同項(二)は第五番ハツチが第三番ハツチの風下に位置していることは知らないがその余は認める。同項(三)は否認する。原告は合成樹脂はそのカーゴボートノートに汚損された旨の記載がないから船艙においては汚損はなかつたと主張するけれどもこれは海上取引の実態に反する。カーゴボートノートに汚損の記載がないのは、運送品を荷受人に引渡すとき、すなわち艀舟へ下したときに汚損がなかつたことを意味するのである。このことはカーゴボートノート作成の目的が荷役業者を含む海上運送人の運送品に対する責任の限界を明確にする趣旨にあることによつて明らかである。しかも合成樹脂と同一時間に同一船艙から同一舷側において小麦粉の荷役が行なわれたのに小麦粉は全々汚損されていない。小麦粉は一重の綿袋で包装されているのに対し合成樹脂は六重の紙袋で内側はプラスチツクで裏打され、口はゴム紙片でミシンにより縫合された袋に入つている。従つて合成樹脂の汚損が本件荷役時によるものであれば小麦粉は合成樹脂以上に汚損されていなければならない筈であるが全く汚損されていないのである。

四、第四項は否認する。仮に本江が、同人のなした荷役方法によれば合成樹脂を汚損させることを認識したとしても、荷役の指揮監督は本船の船長等が当るので、本江としては自由に荷役方法を変更する権限はない。従つて本江に適切な措置をとることを求めるのは不可能を強いるものである。

五、第五項は否認する。

六、第六積(一)、(二)は知らない。

七、仮に合成樹脂の汚損が被告会社被用者本江の荷役によつて生じたとしても被告は次の理由によつて損害賠償義務を負わない。

(一)  本件において運送人とはセーバー船舶株式会社および荷役業者である被告の双方をいうが、運送人の責任は次の事由によつて消滅した。

(1)  国際海上物品運送法第一四条によれば、運送人の運送品に対する責任は運送品が引渡された日から一年以内に裁判上の請求がないときは消滅する。ところで本件においては合成樹脂は昭和三六年二月一二日から翌一三日にわたつて旭興業株式会社に引渡されているからセーバー船舶株式会社および被告の責任は昭和三七年二月一三日をもつて消滅している。

原告は被告に対し民法所定の不法行為に基く損害賠償請求をなしているが、原告主張事実はセーバー船舶株式会社および被告の運送品引渡債務不履行にも該当する。不法行為に基く損害賠償請求権と債務不履行に基く損害賠償請求権とは競合せず専ら後者のみが成立するものである。殊に国際海上物品運送の際に、物品を汚損された者が損害および加害者を知つたときから三年間も損害賠償請求ができるということは前記国際海上物品運送法第一四条の趣旨に反することになる。従つて契約責任が成立するときは不法行為責任は成立しないものというべきである。

しかるに原告は引渡の日から一年を経過した後である昭和三七年七月になつてはじめて裁判上の請求をなしているのであるからその請求には応じられない。

(2)  また、運送人と荷受人旭興業株式会社との間の約款によつて、運送人は、運送品引渡の日から一年以内に裁判上の請求がなされないときは運送品の滅失毀損に関する責任を免除されることになつている。そして原告の請求が右期間経過後であることは前記のとおりであるから被告はこれに応じる義務はない。

(二)  本件において運送人とはセーバー船舶株式会社のみをいい、被告はこれに含まれないとすれば、合成樹脂に関する責任は次の事由によつて運送人のみが負うべきであつて被告に責任はない。

(1)  国際海上物品運送法第三条第一項によれば、運送人は自己またはその使用する者が運送品の荷揚および引渡について注意を怠つたことより生じた運送品の滅失損傷について損害賠償の責を負う。従つて荷役業者である被告の行為に基く損害賠償義務は運送人であるセーバー船舶株式会社のみが負うべきである。特に本件荷役はセーバー船舶株式会社の委託により同会社の責任範囲の一端としてなしたものである。

荷役業者が独自で責任を負う場合は荷役業者が自らカーゴボートノートの摘要欄にバイステベドアという記入をなすことにより責任を自認したときに限るのであるが本件においてはその記入はない。

(2)  運送人の責任が消滅した場合には荷役業者の責任のみが存続するということはなく、これも同時に当然に消滅する。

本件において運送人であるセーバー船舶株式会社の責任が消滅したことは本項(一)の(1) 、(2) に記載のとおりである。従つて被告の責任も同時に消滅した。

第四証拠〈省略〉

理由

一、原告が海上火災に関する損害保険を業とし、被告が港湾において舶内荷役を業とすること、貨物船アントニオ・タラボチア号が合成樹脂三六五〇袋とカーボンブラツク八二四五袋を塔載して昭和三六年二月一二日横浜港へ入港したこと、被告被用者本江久三が横浜船舶株式会社従業員高橋ほか二〇人を補助者として被告の事業の執行として、カーボンブラツクについては同日午後七時三〇分から翌一三日午後二時三〇分までの間ほとんど中断することなく第三番ハツチから艀舟に、また合成樹脂については同月一二日午後九時三〇分から翌一三日午前四時までの間本船第五番ハツチから艀舟に、それぞれ荷役をしたこと、本船第三番ハツチと第五番ハツチは同一舷側にあること、以上の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二、証人石井賢二の証言によつて成立を認められる甲第四号証および弁論の全趣旨によつて成立を認められる甲第六号証によれば、本件合成樹脂は旭興業株式会社の所有に係るものであることが認められる。

証人石井賢二の証言および甲第四号証によれば合成樹脂はカーボンブラツクによつて汚損されたことが認められる。

三、先ず右汚損は本江の前示荷役によつて生じたものであるか否かについて判断する。原告は、本江およびその補助者等がカーボンブラツクの荷役に際し、網モツコヘの積込時にこれを投げつけて集荷し、艀舟へ下すときは急激にこれを下し、艀舟に下した後袋を取去るときにクレーンに網モツコの一方をかけてこれを引上げるいわゆる巻返しをなした、と主張するが全証拠をもつてしても右事実は認められない。しかし、証人永井和夫の証言ならびに弁論の全趣旨によつて成立を認められる甲第一〇号証によれば、カーボンブラツクの荷役の方法は網モツコに板をつけてこれに約三〇ないし四〇袋を載せてクレーンで吊り下げて艀舟に下すものであるところ、船艙内で既に袋が破れていたり或いは吊り下げられた網で袋の上部が絞られて破損する等により、荷役中に板がハツチや船体の端に当たつたとき或いは艀舟に下すときにカーボンブラツクの粉が舞上がり、船内はかなり黒く汚れていたことが認められる。また証人石井賢二および同本江久三の証言によれば、本船第五番ハツチは第三番ハツチの風下の位置にあり、その距離は約一五メートルであることが認められる(証人本江久三の証言中その距離は約一二〇尺であるとの部分は信用できない)。更にその方式および趣旨により公務員が作成したものと認められるので真正な公文書と推定される甲第七号証によれば昭和三六年二月一二日午後九時から翌一三日午前四時までの間は陸上においても毎秒平均八ないし九メートル前後の風が吹いていたことが認められる(証人関正雄の証言中右認定に反する部分は信用できない)。また甲第四号証によれば合成樹脂の袋の表面は荷役直前には汚れていなかつたことが認められ、証人石井賢二、同永井和夫および同本江久三の各証言によれば、艀舟に積荷後は税関吏が直ちにシートをかけ、同月一六日シートを外したときに袋の表面が黒く汚損されていることが発見された事実が認められる。右認定事実によれば、合成樹脂の汚損はその荷役をした第五番ハツチから約一五メートル風上に位置する同一舷側の第三番ハツチにおいて同一時間になされたカーボンブラツク荷役の際に、カーボンブラツクの袋の一部が破損していたか或いは荷役時に破損されたことにより、カーボンブラツクの粒子が飛散して合成樹脂の袋に附着して内部に侵入したものであると推認される。

被告は、カーゴボートノートは運送品を荷受人に引渡す際における運送品の状態を記載するものであるところ、本件において合成樹脂引渡のカーゴボートノートには汚損された旨の記載がないから、その汚損は前記カーボンブラツクの荷役によるものではない、と主張する。カーゴボートノートに汚損された旨の記載がないことは当事者間に争いがない。しかし証人石井賢二、同永井和夫および同本江久三の各証言によれば、運送品の検数は運送品を船艙からモツコに積込む際になされ、カーゴボートノートの記載は艀舟ではなく本船内で行なわれるものであることが認められる。従つてカーゴボートノートに汚損の記載がない事実をもつて直ちに荷役による汚損がなかつたということはできないから、これをもつては前示認定を左右することができない。

被告は更にカーボンブラツクの荷役と同一時間内に合成樹脂と同一の第五番ハツチで小麦粉の荷役が行なわれたところ、小麦粉は汚損されなかつた、しかも合成樹脂の袋は六重の紙袋で袋の内側はプラスチツクで裏打され、口はゴム紙片でミシンにより縫合されているものであるのに対し、小麦粉の袋は一重の綿袋である、しかるに小麦粉は全く汚損がないから合成樹脂の汚損は前記荷役の際になされたものではない、と主張する。そして証人本江久三および同関正雄の各証言(但しいずれも合成樹脂の袋が五重の紙袋であるとの証言部分を除く)および弁論の全趣旨によつて成立を認められる乙第二号証によれば被告主張の事実が認められる。しかし証人石井賢二の証言および甲第四号証によれば、ポリエチレン等の合成樹脂は持運び等の運動によつて静電気を生じ塵埃等を吸引し易い性質を有するものであり、合成樹脂の袋の口の部分はゴムの紙片をあててミシンで縫合されているのであると認められるから(証人本江久三の証言中右認定に反する部分は措信できない)、ミシンの穴を通してカーボンブラツクの粒子が内部に侵入したものであるとも推定される。従つて右の事実を考慮すると被告主張の事実をもつてしても前示認定を左右することはできず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

四、次に本江久三の過失の有無について判断する。被告は船内荷役を業とする者であり本江はその被用者であるから、本江は、カーボンブラツクの荷役に際してはその粒子が周囲に飛散し特に風のある場合は右粒子が風に乗つて周囲の運送品を汚損することがあるということを知悉し得た筈である。従つて本件においてカーボンブラツクは合成樹脂の存する場所から約一五メートル風上の場所に存したのであるから、その荷役に際しては本江は荷役時間をずらすとか反対側の舷側で行なう等の方法により合成樹脂の汚損を防止することができた筈である。しかるに前示認定のとおり本江はこれを怠り、同一時間に同一舷側で風上においてカーボンブラツクの、一五メートル風下において合成樹脂の、各荷役をしたのであるから、同人に過失が存したと認められる。

被告は運送品の荷役は本船の船長等の指揮監督のもとに行なうので、本江において荷役方法を自由に変更する権限はない、と主張する。勿論一般的には、運送品の滅失毀損については運送人はその補助者の行為によるものであつても責任を免れないものであるから、荷役に際し荷役業者は運送人の指揮監督に服すべきであつて、これに反して自由に荷役方法を変更することは許されない。しかし荷役時の風向等の条件により予め定められた荷役方法では運送品が汚損する虞があるような場合には、荷役業者は船長に対し荷役方法の変更を申入れる等運送品の汚損を回避する方法を講ずる義務があり、荷役業者の責任は変更申入にも拘らず船長がこれに応じない場合にはじめて免れるものであるというべきである。しかるに本件においては本江が変更申入等の措置をとつた事実は全証拠によつても認めることができないから、本江は合成樹脂の汚損を避け得なかつたということができない。

五、ところで、右認定事実は、一方においては被告被用者本江が事業の執行につき旭興業株式会社に加えた損害を被告が原告に対して賠償する責任(以下不法行為責任という。)の、他方においてはセーバー船舶株式会社の旭興業株式会社に対する運送契約上の債務不履行に基く損害賠償責任(以下契約責任という。)の、各発生原因事実として法律上評価される。そこで両者の関係について判断する。

被告は、一般に不法行為責任と契約責任との関係においては、いわゆる請求権の競合はなくもつぱら契約責任のみが成立すると主張する。

しかし両者はそれぞれ別個の法律要件と法効果を定められているので異別の請求権が存在すると解せられる。

しかしながらこれをもつて直ちに海上運送人が過失によつて運送品を滅失・損傷させた場合は所有者に対して常に不法行為責任が生ずるということはできない。けだし海上物品運送に際しては運送品の滅失・損傷は通常生起しやすいものであつて、右の特質上国際海上物品運送法第三条、第一四条ならびに同法第二〇条第二項によつて準用される商法第五七八条、第五八〇条および第五八一条等によれば、海上運送人の運送品等に関する責任等は限定されているからである。仮に右の場合常に不法行為責任が成立するとすれば、海上運送人は不法行為責任を追及される以上常に一切の損害を賠償すべきこととなり、右各規定の趣旨は没却されてしまうことになる。従つて海上物品運送においては前記請求権競合の理論は修正せられて、運送品の取扱上通常予想される事態で、契約本来の目的範囲を著しく逸脱しない態様において、運送品の滅失・損傷が生じた場合には、契約責任のみが成立し、不法行為責任は成立しないと解するのが相当である(なお、最高裁判所判例昭和三五年(オ)第一四五六号、同三八年一一月五日第三小法廷判決、最高裁判所民事判例集第一七巻第一一号一五一〇頁参照)。また、右の結論は、海上物品運送契約における当事者の意思解釈としても妥当する。すなわち、運送品の滅失、損傷の生起しやすい海上物品運送契約においては、委託者は、これを予想し得るのであるから、運送品の取扱上通常伴うような原因に基づく滅失損傷については委託者において海上運送人の不法行為上の責任を、予め黙示的に免除しているものといえるからである。このように運送品の滅失・損傷が海上運送人自らの行為によつてなされた場合に不法行為責任が成立しない場合においてはこれと同様の行為を海上運送人の使用する者がなしたときは同人にも不法行為責任は成立しないと解すべきである。けだし、仮にそうでないとすると同人の地位が海上運送人の従たる地位にあることにかんがみ著しく権衡を失することになるからである。また海上運送人の不法行為上の責任を免除するという意思は海上運送人の履行補助者の責任をも免除する意思を含むものと解するのが相当であるからである。

これを本件についてみると、前示認定事実に基けば、セーバー船舶株式会社は旭興業株式会社に対する本件合成樹脂の海上運送人であるところ、右合成樹脂の汚損は、運送品の取扱上通常予想される事態でなく、且つ契約本来の目的を著しく逸脱する態様におけるものとはいえないから、セーバー船舶株式会社の旭興業株式会社に対する責任は、契約責任のみが成立し不法行為責任は成立しないと認められる。また被告はセーバー船舶株式会社の使用する者であるから、右の事態においては、旭興業株式会社に対しては不法行為責任を負うものではない。従つて被告に右不法行為責任が存在することを前提とする原告の請求は理由がない。

六、よつて原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 西山要 西川豊長 山口忍)

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